源氏物語コラム(桐壷5・最終)そして、藤壺

桐壺更衣の死後、帝は二人の間の子を大切に育てます。ただ、しっかりした後見のいない皇子の悲惨な末路を歴史的に知り尽くしている帝は、この子を臣籍に下し「源氏」とすることを決めます。亡き更衣の望み、そして更衣の父母の望みは(前のコラムでお話ししましたね)はこれで断たれてしまったようです。源氏(臣籍)から天皇位に返り咲いた先例がないわけではありませんが、皇位への望みは遠いものになったかのようです。

 一方、更衣の死を嘆きならも、帝は新しい妃を迎えます。「先帝の宮」というのですから、系譜的に不明な点はあるものの、皇族、それも天皇に近い皇族の姫宮です。彼女が桐壺更衣に似ているという噂で、入内を促したのです。誠にそっくりで、帝は源氏の君を御簾の中にまで連れてきて「この子とあなたは本当の親子のように似ている。どうか、この子を避けないで可愛がってやってくれ」と願うのです。子供の源氏も美しくまだ若い妃に好意をしめし、一緒に遊びをしたりするようになります。身分の高いこの新しい妃は藤壺に住むことになりました。

 藤壺という御殿は帝の居所、清涼殿にも近く、皇后や中宮といった高位の妃の殿舎ではありました。でも、中庭に植えられたのは「藤」。みなさん、藤の花の下に立ったことがありますか?苦いような、甘いようななんとも形容できない、それでいて忘れられない香りが体を取り巻きます。蜂がこの匂いに「酔ったように」飛び回る、と書いているのは幸田文ですが、その通り。その香りはなんとも高貴で、一言で形容できない複雑さを持ち、そしてなんとも官能的です。私はなぜ「藤壺」だったのか、実際の藤の花の下に立ってわかったような気がしました。

 美しいこの妃と源氏の君を世に人は「かかやく日の宮」「光源氏」とあだ名します。紫という高貴な色、美しい花房、そして官能性を持つこの藤の花の御殿で、やがて光源氏は妃の宮に許されぬ恋心を抱くようになります。源氏だけが?物語はこの後光源氏への愛に悩む若き妃の姿を描いていくことになります。「源氏物語」の初発に置かれたこの「愛」と「罪」の問題がこの物語を時代を超えた永遠の文学にしていくのです。

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