コラム:源氏物語1・花摘み

これは学問的研究ではありません。源氏を読みながらふと思ったことを書き記していくコラムのような物です。ああ、こんなふうなことを思っていいんだな、とお考えいただけたら幸いです。

 「いづれの御時(おほんとき)にか」。これが有名な「源氏物語」冒頭の言葉になります。

実は誠に異例な書き出しなのです。物語は「今は昔」とか「昔」とか書きはじめられることがならいでした。ところが「源氏物語」は「いづれの御時」と、突然「ある帝の時代にか」と始めるのです。なんと歴史的、現実的な書き出しでしょう。

 要するに「これからの物語は、空想でもなく、ぼかしているのでもなく、あくまで日本の天皇の統治する所、時に立脚する物語なのですよ」と念を押しているのです。

 私たちと同じ国土、同じ時間軸の中で進む物語なのだ、と冒頭から宣言しています。その内容と言ったら・・・。戦時中は伏せ字だらけでほとんど読むことを禁じられていた物語なのも、その時代視聴の中ではもっとも、と思われる内容なのですから、全く驚くべき物語と言わなければなりません。

 反対の事象としては「神曲」をかいたダンテがフィレンツェの街を歩いていたら、道ゆく人々が「ほらほら、地獄巡りをしたダンテだよ。おかげで肌が少し焼けてるよね」と言ったというエピソードが挙げられます。これは空想が現実を曲解させた例なのですが、源氏物語ときたら「これは現実の時間軸の中のお話なのですよ」とこの第一語で宣言しているのですから、平安時代の女性の文学魂はすごものがあります。

 ライバルとされる清少納言「枕草子」の冒頭文もすごいです。ぜひご一読を。

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